節分は豆まき?恵方巻き?

 
2月始め頃の行事といえば節分。豆まきを思い出しますね!

保育園や幼稚園に通っていた子供の頃、皆さんも行事としてやっていた事と思います。「鬼は外、福は内」と鬼のお面を被った先生に目掛けて豆をまきました。家では撒き終わった豆は自分の歳の数だけ食べると何だか良いということで、そのようにしていました。年取ったら一杯食べないとならなくて大変だなぁと思っていました(笑)。

節分の始まり

節分という風習の歴史、成り立ちについて調べてみました。「節分」は古来中国から伝わった風習で、節を分けるという漢字が示すように、季節の変わり目に行う行事でした。季節の変わり目には邪気が生じるので、その邪気を追い払う儀式で豆を撒きました。邪気=鬼ですね。日本ではこの儀式は文武天皇時代の慶雲3年(706年)に宮中で始まり、室町時代頃からは庶民にも広まりました。

節分の日は決まっていない?

節分の日は毎年違うって知っていました?私は何となく2月2日か3日辺りと思っていました。節分の日は先述のように季節を分ける行事なので、暦の「立春」がいつになるかで変わります。今年2019年の場合は2月4日が「立春」になりますので、節分はその前日の2月3日となります。

恵方巻き

最近の節分は「豆まき」よりも「恵方巻き」の方が目につくようになりましたね。これは元々は関西地方で続いていた習慣ですが、1998年(平成10年)に大手コンビニが全国展開で「恵方巻き 丸かぶり寿司」の販売を始めたのがきっかけで、他のコンビニやスーパー、寿司屋などがこの季節商戦に便乗して一気に全国展開で知られるようになりました。

恵方巻きの起源

こちら「恵方巻き」の起源は江戸時代に大阪の花街で商売繁盛を願って食べた説が有名です。恵方つまりその年の福を司る神様の歳徳神(としとくじん)の居る方向に向かってすることは全て「吉」となるという言い伝えがあります。江戸時代末までは、初詣は氏神様の居る神社や寺に恵方詣していたそうです。

恵方はどう決める?

恵方を決めるのは陰陽道(おんみょうどう)です。映画にもなったあの陰陽道です。安倍晴明などが陰陽師として有名ですね。陰陽道も5〜6世紀に中国から伝わった思想です。陰陽五行説に基づき吉凶を占う方術で、朝廷はこれを採用し平安時代には全盛期を極めました。

恵方の調べ方

恵方は西暦を使ったあるルールに沿っています。それは、

西暦の1の位の数字できめます。

1の位が 0、5 の年  西南西

1の位が 2、7の年  北北西

1の位が 4、9の年  東北東

1の位が 1、3、6、8の年  南南東

今年は2019年なので、方位は東北東です。

 

逆にいえば、上にあげた方角以外には恵方はないのですね。

恵方巻きのルール

恵方巻きを食べるときは、

 

1.その年の恵方を向いて

 

2.喋らないで

 

3.願い事をしながら

 

4.一気に食べる。

 

すると願いが叶うとされています。

うちでは、大抵誰かが喋り出して1本丸々食べきったことないですね。大体子供に邪魔されます(笑)

まとめ

季節を分ける節分は、立春の前の日になるので決まった日ではない。邪気を払う風習でした。そしてその年の恵方も年によって変わりますが、西暦の下一桁の数字で簡単に割り出すことができます。

季節の行事として日本人なら知っておいて損はないと思います。  

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